氷雨の中の満観峰登山(平成24年1月21日)
今年初めての登山は1月21日に実施された満観峰(470m)登山でした。満観峰は静岡と焼津の境にある山で、ここからの富士山の眺めは最高だと言われていますが、この日は生憎の氷雨で何も見えず、今回も足腰の訓練登山になってしまいました。


登山ルートです。9月の台風で登山道のいくつかが倒木の危険にあり、今回は地図の右側丸子営業所バス停からルート5-3(薄紫のルート)を通って、小野寺、朝鮮岩、丸子富士、満観峰、満観峰からブルーのルート、鞍掛峠、鞍掛峠から鼠色のルート、花沢の里と言う変則ルートを辿って来ました。
4時間45分のコースでした。この写真は満観峰頂上にあったルート図を写して来たものです。それで現在地が満観峰になっています。


11時半にバス停を出て最初の休憩地が小野寺(一説には徳川家康が隠居した寺と言われてますが定かではありません)でした。時間は12時13分を指していました。ポツンと寂しげに佇んでいましたが、登山の安全をお参りして山道に入りました。


12時54分朝鮮岩(元々は 晁西岩(ちょうせいいわ)と呼ばれており、その音がちょうせい → ちょうせん とナマって、朝鮮岩になったようです)に着きました。ここから日本平が望めました。


中央下の白い帯は新幹線が走っているのを捉えた写真です。真ん中の白い流れは富士川ですね。


こんな山の中にお茶が栽培されていました。ものの本ではここはお茶の栽培でも知られていると言う事でした。


14時11分、3 等三角点の丸子富士(460m)山頂に着きました。右の方には「金光山蔵王権現」の石柱が建っていました(写真はありません)。山頂の周囲は雑木林で囲まれ何も見えませんでした。


同行の皆さんは、雨の中で少々お疲れのようです。


14時59分、満観峰頂上に到達です。バックに富士山が見えるはずでしたが何も見えず、濃霧の中の記念撮影です。


同行の皆さんも思い思いの格好で疲れを癒していました。


案内看板に有った富士山です。晴れていればこんな風に見えた筈でしたが大変残念です。


帰路にもこんなに見事なお茶畑がありました。収穫の時は大変だろうなと、栽培している方の努力を讃えたくなりました。


16時14分、花沢の里に下りて着ました。
春日蔵首老(かすがのくらびとおゆ)と言う、奈良時代の官人で僧侶、万葉歌人として著名な人だそうですが、その人の歌碑が建てられていました。この地を訪れて詠んだ詩のようです。
「焼津辺に わが行きしかば 駿河なる 阿倍の市道(いちぢ)に 逢いし児らはも」と書かれていました。
「かって焼津に私が行った時、阿倍の市へ通う道で逢った娘たちがいたが、今頃どうしているだろうな」と言う意味だそうで、子供を愛する詩と知り、カメラに収めました。

今年の登山も冷たい雨の中で始まりました。晴れてくれれば文句なしなのですが、今では足腰鍛錬の登山と割り切って参加しています。ただ、1年の計は元旦にありと言う諺もありますので、この先が少々思いやられます。次は晴れの日の実行をとこんな時ばかりですが神仏に祈って今後も登山を続けていこうと思っています。
# by samhasuta | 2012-01-22 11:13 | 24年1月、氷雨の満観峰
インドネシア熱帯林植樹の旅(平成24年1月8日~12日)-1/7 ジャカルタからボゴールへ(8日から9日)
三菱商事が行っている熱帯林再生プロジェクトの一つ、インドネシアの熱帯林植樹に1月8日から12日までボランティアで参加して来ました。
以下、「三菱商事熱帯林再生プロジェクト」の事業紹介の引用です。
「熱帯林の減少は、自然生態系の保全や温暖化の原因であるCO2の吸収、異常気象など地球環境に大きな影響を及ぼしています。三菱商事では、1990年より「熱帯林再生実験プロジェクト」を開始しました。このプロジェクトは、現地固有の植物を密植・混植方式で植林し、熱帯林の短期再生を目指すというものです。
今年は更に、これまでに実施して来たマレーシア、ブラジル、ケニアでの熱帯林再生実験プロジェクトの成果を踏まえ、国際森林年である2011年度から国際NGOオイスカをパートナーに、インドネシアのジャワ島内にあるグデ・パングランゴ山国立公園を舞台に熱帯林再生実験プロジェクトを開始しました。」
この熱帯林再生プロジェクトの実施にあたり、会社から参加の呼び掛けがありましたので、22年10月に参加したマレーシア熱帯雨林植樹に続いて参加して来ました。


1月8日12時に成田国際空港を飛び立ち、同日18時(時差2時間で8時間の飛行)インドネシアの首府ジャカルタに到着しました。写真は夕闇迫るジャカルタ空港着陸寸前の市内の風景を捉えました。この日は「日航ジャカルタホテル」に投宿しました。


1月9日朝7時、ホテルから市街を眺めました。ジャカルタは大都会です。


日本語の新聞「じゃかるた新聞」がドアの下に配られていました。最新のニュースに加えて前日の相撲の結果まで掲載されてあり感激です。凄い親近感を覚えました。


宿泊した「日航ジャカルタホテル」を記録しました。


朝食後跨線橋に行きそこから市街を眺めました。前方に見える噴水の中心に黒く立っている「歓迎の塔」が見えています。


日本大使館です。日航ホテルの右、直ぐ目の前でした。


ジャカルタから南に60kmの、オランダ植民地時代からの都市であるボコールへ移動のため、バスで9時に出発しました。車中先ほど跨線橋から小さく見えた「歓迎の塔」を捉えました。インドネシア躍進の象徴です。
# by samhasuta | 2012-01-12 20:01 | 24年1月、インドネシア植樹
インドネシア熱帯林植樹の旅(平成24年1月8日~12日)-2/7 ボゴール植物園見学-1/2(9日)

2時間ほど掛ってボゴールにやってまいりました。ボコール市役所です。


この日は、ボゴール植物公園の見学です。世界各地から1万5000種類もの植物を集めた広大な植物園でした。


約87ヘクタールもあるという敷地内を歩くのは限られた時間内では到底無理なので御覧のような敷地散策のバスに乗りました。


「旅人の木」です。椰子の一種で葉と葉の付け根の部分に水がたまり、旅人を癒した事からその名がつけられたそうです。その部分を切りますと水が滴り落ちて来ました。


5日間行動を共にしてくれたガイドのBudiさんが途中に落ちていた「ブルネリア」の花を両耳に飾っておどけて見せてくれました。人柄がよく始終ニコニコしていてまた熱血漢でもありました。


「音楽の竹」だそうです。叩くと節目ごとに違った音が出る不思議な竹でした。日本では見たことがありません。多分この地の特有の竹だと思いました。一つの株から何本も伸びているのも特徴の一つです。


ボゴール宮殿です。ドイツ植民地時代に建設されたようです。このボゴール植物公園もドイツ人が作ったのだそうです。


「マンゴスチン」の木がありました。


実もたわわに付けていました。


「アーモンド」の実です。食べられる果物の木が至る所にありました。
# by samhasuta | 2012-01-12 19:57 | 24年1月、インドネシア植樹
インドネシア熱帯林植樹の旅(平成24年1月8日~12日)-3/7 ボゴール植物園見学-2/2(9日)

ボゴール宮殿前での記念撮影です。13名しか写っていませんが、日本からの参加者は17名でしたので、写っていない4名は別の場所を散策していたようです。
私がやや離れています。居合わせた人に撮影を頼み、セットして急いで飛び込んできたためです。


「コンパス」と言う木だそうです。巨大な根の張り具合は日本では見られません。


「コーヒー」の木です。


実も沢山生っていました。


兄弟「コンパス」も聳えていました。何年ぐらいになるのでしょうか?聞き漏らしてしましました。


「カカオ」だそうです。実が幹に生るのも初めて知りました。


「ドリアン」果物の王様です。街でも売られていましたが、1個数千円するようです。残念ながら食べるチャンスがありませんでした。


米国の元大統領、ブッシュさんもここに見学に来られて写真の東屋で休養をされたそうです。
# by samhasuta | 2012-01-12 19:50 | 24年1月、インドネシア植樹
インドネシア熱帯林植樹の旅(平成24年1月8日~12日)-4/7 スカブミセンター(9日)
午後、今回の旅の目的である植樹を一緒に行うスカブミ県のオイスカ・スカブミセンターを訪問しました。
スカブミセンターは、環境に配慮した循環型有機農業(稲作・蔬菜、畜産、アグロフォレストリー)研修や、主に女性研修生を対象にした洋裁・調理などの研修、木工職業訓練などをしているそうです。。


スカブミセンターで栽培しているマンゴスチン、メロンが振る舞われました。甘くて美味しかったです。


敷地の畑を案内してもらいました。唐辛子の育成にきちんと添え木が立てられていて、働く人たちの几帳面さが伺えました。


メロンです。日本では地面に栽培されていますが、こちらでは添え木に付けて栽培しているのを知りました。


苦瓜ですね。


菊の苗木の栽培です。花を付ける前に日本の農家に輸出するのだそうで、日本で花を咲かせて売るという共存共栄を図っている方策を知り、豊かな考えだなと思いました。


パンの木です。こちらも実がたわわです。その他コーヒーをはじめとして数多くの果物・野菜を人材を育成しながら栽培している事を知り、見習うべき事だと感じました。


ここに住んでいる可愛い子たちとすっかり仲良しになり、帰りに記念撮影です。この写真をインターネットで送る約束をして、センターを後にしました。
# by samhasuta | 2012-01-12 19:45 | 24年1月、インドネシア植樹
インドネシア熱帯林植樹の旅(平成24年1月8日~12日)-5/7 シトゥグヌン公園(10日)

スカブミセンター見学の後、ボゴールの国立公園近郊のリド・レイクス・ホテル(Lido Lakes Resort & Conference) に投宿しました。
1月10日、朝食後ホテル周辺を散策しました。 ホテルの正面です。


ホテルから近郊の山を眺めました。ジャカルタには無い山あり湖ありです。良い眺めです。


明日植樹をする近くの「クデ・バングランゴ山国立公園」を見学しました。「シトゥグヌン湖」です。


海抜1100mの所で静かに水を湛えていました。


訪ねる人もまばらで静かな湖です。


周囲3kmを散策しました。半分ほど歩いた所で降雨に出会い、写真撮影もままならず残念な訪問になってしまいました。現在雨期(1月~3月)ですから仕方ありませんが。


ホテルに戻って、ホテルが経営しているリド・ゴルフ場で昼食をとりました。良い眺めでゴルフプレーをしたい気分に駆られました。


折角来たので記念撮影をしました。


周辺の眺めも見飽きません。
この夜にホテルで明日の植樹の指導を仰ぐ横浜国大名誉教授・山脇博士を囲んだ勉強会を実施し、その後懇親会と和やかな一時を過ごしました。
# by samhasuta | 2012-01-12 19:41 | 24年1月、インドネシア植樹
インドネシア熱帯林植樹の旅(平成24年1月8日~12日)-6/7 セレモニー風景(11日)

1月11日、グデ・パングランゴ国立公園での植樹の日です。配られたユニフォームを着て出発前の記念撮影です。


途中の休憩所の庭にもいろいろな植物が植えられていました。緑化に向う意気込みを感じました。


小型乗用車で悪路を2時間ほど掛けて移動し、目的地に着きました。子供たちが作ってくれた歓迎のトンネルに出逢い遠くからやって来た甲斐があったと将に実感しました。


熱帯林再生実験プロジェクトセレモニー会場図です。
会場には小中高の学生・地域住民・地元各種団体・政府・三菱商事(27名)・オイスカ・グデパングランゴ山国立公園・メディアその他の方々1,413名が集まりました。


植樹会場の見取り図です。各班に割り当てられた植樹の場所は、帽子の色に基づいています。私たち三菱商事はブルーの場所です。


私たちがやって来ましたら小中学生からさらに大きな拍手の歓迎がありました。子供たちのパワーは凄いです。


政府関係者・一般招待客たちも待ってくれていました。

# by samhasuta | 2012-01-12 19:23 | 24年1月、インドネシア植樹
インドネシア熱帯林植樹の旅(平成24年1月8日~12日)-7/7 植樹の実行(11日)
セレモニーはイスラム式お祈り、インドネシア国家斉唱、各界代表の挨拶、支援品目録贈呈、石碑の署名、植樹方法の説明などで始まりました。主だった方3氏の写真を掲載します。


国立公園本部事務所長(Mr. Agus Wahyudi)の挨拶。ちょっとぼけてしまいました。


三菱商事水野常務の挨拶。


宮脇博士から植樹の仕方についての説明。


こうして、1400名もの人々が一斉に植樹を開始しました。元気な子供たちと働くことは、こちらまでパワーがもらえます。


良い光景です。いずれの木々も枯れずにすくすくと育つことを願っています。


誰もが一心に働いている姿は、神々しささえ覚えます。


植樹が終わって元来た道を戻りましたら、近隣の方々との記念撮影を求められて、やって来た甲斐があったと疲れを忘れました。


4日間の短いインドネシアの旅が終わり、一緒に行動を共にしてくれたガイドさんとも記念撮影をして別れを惜しみました。

植樹に全く関係のない事ですが、インドネシアの交通の量の多さに度肝を抜かれました。
朝夕の大渋滞、反対車線を平気で走る無秩序さ、これでは何ヘクタールの植樹をしても排気ガスの吸収にはおぼつかないでしょう。植樹も極めて大切ですが、別途国家プロジェクトとして、例えば鉄道網の敷設、大型路線バスの就航などで、個人の車やバイクの規制など総合的な施策が必要だと感じました。親しくなったインドネシアの方にそんな意見を言ったら「その通りです」と反応がありました。大渋滞は国に活気があるから起きるのだとも言えますが、もっと国全体のグローバルなインフラ整備をする必要ありと痛感した旅でもありました。
# by samhasuta | 2012-01-12 19:08 | 24年1月、インドネシア植樹
金時山登山(平成23年12月13日)-1/2 登山道の折々
12月の登山は金時山(1,213m)でした。
「足柄山の金太郎・・・」の童謡で知られる金太郎が生まれ育った山が金太郎山です。この日登った12月13日は、標高にちなんで「金時山の記念日」とされています。そんな日でもあって頂上は押すな押すなの歩行者天国並、吃驚しました。
また、雲一つない快晴とあって、今年最後の登山に相応しい記念すべき締め括りの登山でした。


金時山の姿です。この写真は私が撮影したものではなく、ある編集物からお借り物したもので山容のイメージを知ってもらうために掲載しました。


池袋を朝7時にバスで出発し、最初の休憩場所、足柄パーキングで捉えた冠雪した富士山の雄姿です。パーキング場の周りの構築物が邪魔をして良い写真が撮れませんでしたので、300mmの望遠で頂上付近だけを捉えました。快晴です。


産経ツアーズが用意してくれたウォーク地図です。乙女口に着いたのが9時半でした。準備体操をして9時45分に登山を開始しました。


登山道の入り口に可愛らしい「乙女峠」への案内板が建てられていました。


40分ほど歩いて乙女峠に着きました。


ここからの富士山の眺めは最高でした。時間の経過とともにたなびいてきた雲が景観を一層引き立ててくれました。


長尾山頂には10時50分に到着です。


富士山と反対方向を振り返ると神山(かみやま)が見えました。足柄下郡箱根町にある標高1,438mの山で、箱根山の最高峰です。古くから神の山として崇められてきたことからこの名がつきました。山の中腹の煙は大涌谷の噴煙です。右に光って見えるのが「芦ノ湖」です。素晴らしい眺めを堪能しました。
# by samhasuta | 2011-12-14 09:15 | 23年12月、金時山登山
金時山登山(平成23年12月13日)-2/2 登頂から下山まで

11時50分、頂上に着きました。快晴と金時山の記念日とあって大賑わいです。頂上からの富士山の眺めも格別な味わいがありました。


登頂記念撮影です。


登山した人たちは満足感に浸りながら、おもいおもいに昼食を楽しんでいます。


十分楽しんだ後12時35分に下山を開始しました。下山の途中で仙石原方面を撮影しました。薄く茶色に見える所はゴルフ場かも知れません。


金時宿の石です。
この大きな石の下(石が転がらないように木で支えられています。)に、昔、金太郎が母の山姥と夜露を凌いだと言われています。


1時45分、ゴールの金時神社に着きました。登山者全員の無事を感謝し深々とお参りをしました。


何時もの通りの産経新聞社が用意してくれた登頂証を戴き今年の山登りは終了しました。

10月の何でもない登山に、写真を撮るのに夢中になり不注意にも足元の岩に気づかず激突し、左足骨膜損傷という怪我をしてしまいました。
内出血がひどく足が丸太のように太くなって2回も血液を抜き、2か月余りものろのろとしか動けませんでしたが、12月の登山で足腰が完全に回復したことを実感しました。
加齢とともに注意力が散漫になってしまった事を反省し、お蔭で収穫の多い一年でした。
# by samhasuta | 2011-12-14 09:10 | 23年12月、金時山登山


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